音楽は今日も息をする。

あんでぃの音楽関連の記事を書くブログ。MONACAと田淵智也多め。

田中秀和(MONACA)という作曲家について(後編)

※この記事は後編です!
前回の記事を読んでいない方は一度目を通してもらえると分かりやすいかと思われます!

前編では経歴を中心に田中秀和という作曲家を追ってきましたが、後編ではその音楽性について述べていきたいと思います。

田中氏の曲を語る時よく言われるのは
「コード進行がすごい・難解」
ですね。
これは間違った認識という訳ではないのですが、これだけでは不十分だと思っています。
音楽の三要素として「メロディ」「リズム」「ハーモニー」というものがありますが、コード(和音)は最後の「ハーモニー」の部分にあたるものです。
つまりコード進行は音楽の一要素ではありますが、それだけでは語ることはできません。
「難解なコード進行であっても失われないポップさ」
これが一番重要なポイントかと思います。

どれだけ難解なコード進行を使っていようが、ポップさを欠いた楽曲はポップスの世界では評価されないと思っています。逆に、シンプルなコード進行でもポップさを持ち合わせていれば評価されるべきだとも思っています。

→じゃあポップさとはなんなのか?
これは感覚的な話になってくるので明確な定義を与えるのは難しいですが、僕なりの考えを述べると「大衆受けするメロディ」だと思います。
これに基づくと、「田中氏は多くのリスナーにウケるメロディを作るのが得意」と言えると思います。

難解なコード進行を作るのは勉強すればできるようになることですが、それに分かりやすいメロディを乗せるのはとても難しいことです。
その難解さと分かりやすさの両立こそが、田中氏の楽曲を語るうえで欠かせない話だと思っています。


※ここからしばらく音楽理論の基礎知識が必要な話になります。
音楽理論初心者の方はこちらのサイトの「五線譜」「音階」「音程」「音程の変化」「和音」あたりに目を通しておくとわかりやすいかもしれません。


とか言いながらまず最初に語るのはコード進行についてです。
田中氏のコード進行の話題の際に必ずと言っていいほど挙がるのが「オーギュメントコード」(以下aug)の話です。
このコードは田中氏の楽曲では頻出で、耳にした時に「田中氏っぽいな」と思わせる要因の1つになっています。

オーソドックスな使い方として「クリシェ」する際に使う方法があります。
https://youtu.be/VZiP2XbI0sk?t=29s
こちらはアニメアイドルマスターシンデレラガールズOPの「Star!!」ですが、これのAメロ冒頭(0:29~)がまさしくそれにあたります。
ここはD - Daug - D6 - D7 - ・・・と進行しています。
トップノートが5度から半音ずつ上がっていくクリシェの形ですね。
メロディにもそのトップノートが上手く組み込まれていて、とても綺麗な流れを作っています。

クリシェ以外に使われているケースを見ていきます。
まずはアニメ「あんハピ」のOP「PUNCH☆MIND☆HAPPINESS」ですが、これのイントロでもaugが使われています。

冒頭の「パンwwwwパンwwwwパンチマインドwwwwwwwwパンパンパンパンパンチマインドwwwwwww」の裏でなっているのがそれです。
Faug - E♭aug - Faug - E♭aug -・・・
作品のテーマと、augの持つ不安定さや多幸感の入り混じる複雑な感情がとてもうまく嚙み合っている印象です。
また、この部分はホールトーンスケールという全音のみで構成されたスケールが用いられていますが、augとはとても相性の良いスケールですね。


続いてアニメ灼熱の卓球娘のOP「灼熱スイッチ」です。


前編でも触れましたが、「この曲のサビ頭のコードがやばい」と話題になった曲です。
問題の部分は1:05頃~ですね。
Gaug/F - Em7 - G7 - C -・・・
初見だと「augのオンコードがサビ頭に来るってなんだよ」となるのが普通だと思います。
僕もなりました。
augの性質上オンコードになることがなかなかないし、しかもベース音はⅦ♭というメジャースケール外の音です。
そしてaugがサビ頭に来ること自体もレアケース、ときている訳ですからSSSRぐらいの勢いですね。

ただそのレアさに驚いていてもしょうがないので、ここで本人のツイートを2つ引用して紐解いていきたいと思います。

Iaug/VIIbでサビをはじめるくらいの"殺気"、帯びていきたい
9:56 - 2015年6月1日

@(ユーザーID) はじめまして。灼熱スイッチのサビ冒頭の進行はIII7→VImが元になっていて、III7(b13)のomit5・7としてのIIIaugのベースを裏のVIIbにしたらああなる、というのが僕の解釈です…が、他にもいろんな解釈の余地があるかとは思います。ご参考までに…
20:25 - 2016年12月2日


つまり作者の意図は「Ⅲ7の代理としてのⅢaugのベース音が裏のⅦ♭に行く」だったという話ですね。
1つ目のツイートではⅠaugになっていますが、ⅠaugとⅢaug(とⅤ#aug)は構成音が同じですし、今回のケースではベース音がⅦ♭になっているので両者を区別する意味は薄いというのが僕の考えです。
結局のところ次のⅥm7に進むためのコードである、ということさえわかれば問題ないと思います。

このコードの意味がなんとなくつかめたかと思いますが、それにしてもGaug/Fなんてコードは普段なかなかお目にかかることはありません。
何故なのか?というとハッキリ言ってこのコードにメロディを付けるのは難しいからですが、そんな中でもこの曲のメロディはとても印象に残るものになっていると思います。
これこそがまさしく「難解なコード進行であっても失われないポップさ」であって、この曲はある意味田中氏の真骨頂と言えると思います。


続いてはまた少し話題の方向性を変えて、影響を受けたであろうアーティストについて見ていきたいと思います。

まず外せないのは神前暁です。
前編でも触れた通り、MONACAに入社したのも神前氏がきっかけです。
本人も「アニメ涼宮ハルヒの憂鬱の音楽の影響でこの道に入った」と言っていますし、間違いなく最も影響を与えた人物でしょう。
個人的には「ホーンの入れ方なんかは神前さんの影響を受けているな」という印象があります。
ちなみに神前氏は「僕の作曲家人生で一番の功績は田中を発見したことだと思ってます」と語っています。
このお互いを認めあう師弟関係、とてもいいですね。掛け算してはいけない(戒め)


それから本人がギターを弾けることもあり、バンド系の音楽も好きなようです。
the band apartについては何度か本人もTwitterで言及していますし、メンバーの原さんがアニメ俺の妹がこんなに可愛いわけがない。2期第1話ED「感情線loop」を聞いていたことがきっかけで本人と知り合うことが出来たという縁もあります。


そしてこちらはアニメ灼熱の卓球娘第12話挿入歌「V字上昇Victory」です。
初めて聞いた時「バンアパ感あるな」と思ってしまいましたね。

また、アニメ「アイドルマスター シンデレラガールズ」の劇伴には渋谷系アーティストへのリスペクトが多く見られます。
サントラに付属していたスペシャルブックレットに掲載されていた本人の解説にはFilpper's GuitarCorneliusCymbalsといった名前が挙げられています。
ちなみに余談ですがこのサントラ、音楽の良さはもちろんとして情報量も半端ないので「田中秀和学」を学びたい方には是非お勧めしたいです。まあそんだけ好きな人はもう買ってそうですが

他にも影響を受けたアーティストとしてEarth,Wind & Fireimoutoid坂本龍一の名前も挙げています。
田中氏の幅広い音楽性は、このような幅広いアーティストの楽曲を耳にすることで培われたものである、と推測できます。


さて、前後編に渡って長々と見てきましたがいかがだったでしょうか。
文章がとても長くなってしまったのは僕の熱意故です、諦めてください。
何故僕がそれほどまでに熱意を抱いているかというと、田中氏の楽曲からは「アニメ・声優界隈での楽曲の常識」への挑戦的な姿勢を感じるからです。
「こんなことやっちゃっていいんだ」
そんな驚き・感動を与えてくれる楽曲をいくつも世に出してきていて、ただただ尊敬するしかありません。

きっとこれからもたくさんの名曲を世に出してくれることと思います。
これからのアニソン界を引っ張っていってくれる、そんな期待を込めてこの記事を終わりたいと思います。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!